海外視察報告書 |
北海道議会 包國嘉介 |
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本道と姉妹友好関係にある黒竜江省人大常務委員会の招へいにより、道議会の釣部勲議長以下11名の訪問団の一員として、中国を訪問してきました。
初日(8/19)は、午後の便で新千歳より瀋陽に入り、そのまま隣の市に存する撫順露天鉱を視察。南北2`東西6`深さ300bにわたる露天堀が行われており、その規模は中国第4位といいます。鉱区入口には、江沢民前総書記の揮毫による門額が掲げられており、本鉱が国家第1級のプロジェクトであることが分かります。写真にある遠景は、火力発電所を中心とした工業地域ですが、この地域の地下にも石炭は豊富に埋蔵されているとのことでした。しかし、ここまで開発する予定はなく、現在のところ本鉱は2015年で採掘終了の予定だそうです。巨大な鍋状のくぼ地が放置されることは、望ましいことではなく、跡地利用が重要な課題となることは間違いありません。本道には、規模こそ違いますが、露天鉱を埋め戻して山林を復活させたり葡萄畑に転換した実績を有する炭鉱もあるので、こうしたことも経済協力していかなければならないと感じました。
撫順市の様子は、夕張を大きくしたような炭鉱の町です。いわゆる、炭住とおぼしきアパートの老朽化も進んでいるようでしたが、中央政府の支援により、アパートの建て替え工事が急ピッチで進められており、高層マンション化が著しい速度で進んでいます。視察後、瀋陽に戻り泊。
2日目(8/20)、午前中に在瀋陽日本国総領事館を訪問しました。以前、脱北者が本総領事館の正門をくぐる寸前に、中国警察により拘束された事件がありましたが、その影響もあってか、正門を取り囲むように外側に有刺鉄線のフェンスが設置されていました。これは、後に訪れた北京の大使館街でも見られた光景であり、中国公安当局の姿勢を感じました。在瀋陽日本国総領事館は、東北3省(遼寧・吉林・黒竜江)を所管していますが、この3省は旧満州帝国の版図でもあり親日的な地域であります。3省平均でのここ3年間の経済成長率は15%程度と、経済拡大の波は南部沿岸部から確実に東北地区にも押し寄せていることを改めて確認しました。訪中の全体を通しての印象でもありますが、中国は猛烈な建設ラッシュが続いており、まさに熱狂ともいえる時代の真っただ中にあります。日本の高度経済成長期がそうであったように、公害問題や食品の安全性の面での問題が浮上しておりますが、これらの問題もやがて克服し、さらに経済的な発展を遂げることは間違いないとの印象を強くしました。
その後、空路ハルピンへ移動。黒竜江省政府および人代常務委員会を表敬。本道と黒竜江省との姉妹友好関係は本年で21年目となり、新たな協力関係を深め、まさに一衣帯水の両国間にあって、さまざまなレベルでの友好関係の一翼を担うものであるとの自覚が必要であると感じました。張左記省長閣下、省党書記でもある銭運禄人大常務委員会主任閣下をはじめ、黒竜江省の政府・議会を挙げての歓迎には心から感謝の意を表するものであります。
黒竜江省の人口は約3820万人、省都ハルピンの人口は975万人ですから、ほぼ、関東・東京に匹敵する人口構造と言えます。ハルピンも、建設ラッシュの例にもれず、つい最近市内初の地下鉄工事が着工になったほか、大連から瀋陽・長春・ハルピンを結ぶ新幹線も建設が始まります。そうした意味では、道都札幌への新幹線延長は現段階ではまだ決定しておらず、一歩後れを取ったとも言えるかもしれません。
なお、複数の方にインタビューをしたところ、本道と姉妹友好関係にある黒竜江省ばかりでなく、瀋陽や大連でも、日本の中で行きたい所は東京よりも北海道の方が人気が高いのに驚きました。このことは、今後の本道の観光政策立案の上でも十分配慮すべき事実であると考えます。
夕方より、人大常務委員会主催の歓迎宴があり、ハルピン泊。
3日目(8/21)は、午前中に黒竜江大学を訪問し、党委員会書記兼人大代表の楊教授らの歓迎を受けました。同大学は、黒竜江省随一の総合大学であり、学生・教員総数は50000名を超えるマンモス校です。構内には学生寮なども立ち並び、さながら大学の中に町があるような風情を呈していました。東語学部(東洋の諸言語研究)の中に日本語学科が設置されており、当日はそこに通う学生さん達との懇談の場も設けて頂きました。質疑応答の中で強く感じたのは、日本語を学ぶ意欲を持っている学生だけあって非常に親日的である点、さらには、インターネットの普及により日本の芸能やアニメなどの情報が即時に伝わっており、それらのことがきっかけで日本語に興味を持った学生が多い点です。後述しますが、日本はアニメの世界最大の拠点でありましたが、その地位はいまや中国に追い上げられています。日本が文化の面で世界中の若い世代の共感を勝ち得る数少ない分野がアニメです。子供のものであるという小さな考え方を捨てて、一大産業としてさらに発展させるべきであると思いました。
また、産官学の連携ということが、最近でこそ我が国でも重視されるようになってきましたが、中国においては大学が会社を作り、あるいは会社が人材確保のために大学を設立することは日常茶飯事であります。黒竜江大学もベンチャーキャピタルとシーズの機能を併せ持つ組織を有しており、学生の身分のまま大学の資金の供与を受けて創業することも可能となっています。先ほどのアニメと合わせて考えれば、日本文化を中国に紹介するための翻訳拠点として、学生たちが会社を立ち上げることも両国の利益に適うことではないかと感じました。昼食も大学内のゲストハウスでいただきましたが、学内で蒸留したマオタイ酒が供され、日本でも売れそうな品物であると感じました。
午後は、ハルピン経済技術開発区の視察を行いました。その中で「93グループ」という名前の会社を訪問しました。日本風にいえば、農業生産法人と加工工場を兼営する法人であるといえます。「93」とは人民公社時代の農場の番号に由来するものだそうです。大豆を中心とした穀物を主力に生産しており、サラダ油などの加工品を中国全土に販売しております。現在、我が国では遺伝子組み換え食品に対する不安が払しょくされておらず、特に米国産穀物に対する不安が高まっていますが、黒竜江省内において遺伝子組換え作物の栽培は禁止されており、我が国の食料安全保障の観点からも黒竜江省産の穀物の輸入拡大に向けた施策も必要であろうと考えます。さらに、我が国に限らず、穀物の市況はバイオエタノール生産に伴う需給逼迫を原因として高騰が続いています。本道においても畜産農家の生産費が飼料作物の高騰により上がり続けているのが現状です。しかしながら、売値が上がっていないことから全額が農家の赤字になっています。中国産の安価な穀物を輸入することは、本道農業の安定的な発展にも寄与するものと確信しました。
ハルピンはロシアの影響を濃く受けた町であって、東方正教の教会建築もたくさんあったようですが、文革時代を経て多くが失われソフィア教会をはじめとするいくつかの建物を残すのみになりました。このソフィア教会の周囲は一大ショッピングモールとなっており、外資系を含めた多くの小売店がひしめいていました。この日もハルピン泊。
4日目(8/22)は、午前中植物園を視察しました。この植物園は、以前当地を訪れておられた釣部議長が交流事業によって植えた木があり、成長具合の確認も兼ねて訪問したものであります。市民の憩いの場にもなっている同園に、本道と黒竜江省の姉妹友好の碑が建立されていることは非常に意義深く、この友好の往来が幾重にも重なることが重要であると感じました。
また、旭川からハルピンに進出している食品加工会社を訪問。食肉を全量日本に輸出している同社の社長からは、本道におけるミートホープ社や石屋製菓の問題に関連して、一定規模以上の会社についてはHACCPの取得を義務付けるなど、行政もしっかり対応しなければダメだという厳しい注文を頂戴しました。中国産の食品に関する安全性が不安視される中で、同社を視察した日本の小売業者の幹部は一様に驚いて帰るといいます。工場内を見させていただきましたが、単にHACCPを取得しているばかりではなく、今年に入ってからドイツで開発された最新型の加工機が導入され、現地従業員が日本の工場以上に衛生に気を使いながら作業している様子を目の当たりにしました。問題は、このような体制で生産しているのがこの工場ばかりではなく、海外に輸出をしている中国国内資本の会社も同様であると事実です。わが国では、前述の通り、マスコミを中心として中国産の食品衛生を不安視する報道が目立ちますが、現実として中国における衛生管理手法は日本を上回っている面もあり、本来、我が国の企業がこうした最先端の中国企業と競争しなければならないにもかかわらず、報道により安心し備えを怠るのではないかという点を憂慮するものです。
昼食後、午後の便でハルピンを離れ大連へ向かい、この日は大連泊。
5日目(8/23)は、まず、北洋銀行大連支店を訪問しました。本道との直行便就航を期に、北洋銀行は上海と大連に駐在員事務所を開設し、本道から中国に進出する企業のよき相談相手として頑張っておられます。海外マーケットへの進出に不可欠な貿易手続きに関する相談、直貿化に伴う手続き、信用状の開設や海外送金など決済方法に関しても商社や都市銀行とも連携して相談に乗ってくれます。
その後、大連ソフトウエアパークを視察しました。人件費の安い中国への生産移転などは以前から行われていましたが、最近では、経理や総務部門などいわゆるホワイトカラーの移転(アウトソーシング)が盛んになっています。この分野のコスト削減は、日本の場合コミュニケーションの基礎となる言葉の壁があるために、海外への移転は難しいといわれ続けてきました。しかしながら、大連を中心とする遼寧省南部地域には、中国国内有数の外国語大学である大連外国語学院をはじめとして、日本語を学ぶ学生が1万人以上いるといわれています。グローバルな競争に勝ち抜くためには、どうしても人件費を削減しなければならない日本企業の思惑と、親日的で日本語を解する市民の多い大連の思惑が一致し、ホワイトカラー業務のアウトソーシングが活発化した模様です。日本語を解する社員は現地の通常の社員の2倍の給与が支給されるとのことでしたが、それでも平均月給は日本人の大卒初任給の7分の1から10分の1と安く、中国の国際競争力を象徴しています。大連ソフトウェアパークは世界中の、最も影響力ある企業を集めています。326社を超える入園企業のうち、松下、Sony、GEPACT、IBM、アクセンチュア、SAP、HPなどグローバルトップ500企業32社を含め外資系が41%に達し、日本、欧米の大規模なオフショアソフト開発と情報サービス能力を備えています。進出企業の中には、自前の日本語学校を持ち、即戦力を養成している企業もあります。本道も人件費の安さを売りにしたコールセンターを多く誘致してきましたが、企業の経理や総務を請け負う業態の企業も立ち上げて、さらに付加価値をつけていかなければ、価格競争だけでは大連に勝てないことは明らかです。このことも本道の中期的な産業政策の課題となってくることは間違いありません。
午後、北京行きの飛行機の時間まで、203高地などを視察。中国にしてみれば、国内においてロシアと日本が権益争いをし、多くの国民に犠牲を出した忌まわしい歴史であり反日感情が強いかと思っていましたが、親日的な印象を受けました。過去の不幸な歴史を乗り越えて共に共存共栄を図っていこうとの精神の表れなのか、先に述べった熱狂の時代にあって、ともかく豊かになるためには日本の資本を利用するしかないとの決意の表れなのか、市民との短時間の交流からは推測もままなりませんでした。友好を深める交流は時間と回数が必要です。
北京到着後、ホテルへ、泊。
6日目(8/24)は、中日友好協会を表敬。井(セイ)常務副会長をはじめとする幹部の皆さんの出迎えを受けました。
その後、北京市内にあるオホーツクビールを視察。わが国の地ビール第1号として、北京でも徐々に名前が浸透し、現地のお客さんも増えてきている模様。スタッフは地元・北海道から派遣されている人が多く、海外で働きたい若者にこうした企業をきちんと紹介していくことも、若者の首都圏への流出を防ぐために必要なことではないかと感じました。
続けて、道産魚介類を現地で販売する札幌水稀有限公司を視察。本来、海性魚類を食べる習慣がなかった中国本土で、北海道のブランド価値を最大限に活用し、かつ宣揚している同社の奮闘ぶりに感心しました。実際に同社の商品を扱っている、現地のイトーヨーカ堂を合わせて視察したところ、道産魚はだいたい現地魚の10倍くらいの値段。これでも、中国の富裕層には受けているとのこと。マーケティングの重要性を再認識しました。
夕刻、中日友好協会主催の歓迎レセプションに招かれました。非常に和やかな雰囲気で懇談する中で、私と横山道議が公明党の議員であることが分ると、井常務副会長から、「聖教新聞は毎日読んでいます。」との発言があり、創立者が作って来られた友誼の橋の偉大さに改めて感謝の思いを強くしました。宴も終わって散開の握手をするときに、(創立者の誕生日でもあったので)横山道議が「創立者にお会いしたことはありますか?」と尋ねたところ、「何度もあります。今回の選挙は本当に残念でした。太田代表にもがっかりするなと電話しておきました。」との返事がありました。駐日友好協会の幹部が、ここまで公明党に対して心を砕いてくれるのかとの現実を目の当たりにして、この一言を聞いただけでも、自分自身の今回の訪中は成功だったと確信しています。
大変有意義な訪中日程を消化し、この日も北京泊。
7日目(8/25)は早朝北京空港発、直行便で午後新千歳着。空港にて解団。
総じて、成長著しい中国の様子を一部を詳細に視察でき、得るものは大でした。単に中国は世界の工場であるとの認識は捨てなければなりません。世界の頭脳をも目指していることは明らか。こうした国との競争、共存共栄を考えることが重要です。具体的な分野において、中国との貿易拡大のアイデアもあるので、今後の議会活動を通じて実現を図って参る所存です。それが、日中友好拡大の直道であり、創立者への報恩の道でもあると決意しています。 |
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